トップランナーが語る、人間中心のデジタル、人間中心のAI

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2024.09.02
  • コラム


(左:中川 中央:森氏 右:飯田氏)

AIの進化によって、ビジネスや組織のあり方も変革期を迎えています。本鼎談では、異なる分野で先進的な取り組みを行う3人が、AIと人間の協業、組織変革、そして未来の働き方について語り合いました。日本郵政グループのDXを推進する飯田氏、クリエイティブ業界でAI活用をけん引する森氏、そして次世代のプロフェッショナルのあり方・働き方を創造する中川氏、それぞれの豊富な経験と独自の視点から、AIやデジタルを活用しつつ、いかに人間らしい価値を高めていくか、そしてこれからの組織や個人に求められる姿勢とは何か探っていきます。

郵便局とクリエイティブ業界に見る、AI・デジタル活用最前線

中川:AIをはじめ、テクノロジーが進化していく中で、人間の役割や組織のあり方はどう変わっていくのか、お二人の考えを深堀りしていきたいと思います。まずは、お二人の取り組みをお聞かせください。

飯田:日本郵政 常務執行役・グループCDO 兼 日本郵便 常務執行役員・DX戦略担当 兼 JPデジタル 代表取締役CEOの飯田です。私は、2021年4月に日本郵政グループに加わり、一貫してDXを推進してきました。郵便局の強みは、約40万人の従業員と全国2万4000局のネットワークです。私のミッションは、このリアルなネットワークとデジタルテクノロジーを融合させ、新たな価値を創造することです。



具体的には、デジタル発券機をはじめとした窓口のデジタル化、お客さま向けアプリの刷新、日本郵政グループが提供するサービスを一つのIDで便利に活用できる「ゆうID」など、顧客体験向上に向けて、さまざまな取り組みをしてきました。

並行して、従業員の業務効率化にも力を入れています。郵便局は紙の手続きが非常に多く、まずはそれらのデジタル化に取り組んでいます。配達業務においては、AIの活用を進めています。日本には約6200万の配達先があり、毎日3000万カ所に配達しています。ドライバーの確保が課題となる中、AIを活用して最適な配達ルートを見つけるなど効率化を図っています。こうした業務改革が、最終的には顧客満足度の向上につながると考え、全力で取り組んでいます。

森:博報堂DYホールディングス 執行役員 Chief AI Officer(CAIO)兼 Human-Centered AI Institute代表の森です。博報堂DYグループは、従来の広告会社の業務にとどまらず、メディア向けビジネス、クリエイティブ制作、デジタルマーケティング、CRM、eコマース、コールセンターなど、非常に幅広く事業を展開しています。

その中で、私は主に二つの方向性で活動しています。一つは、AIを活用したDXによるグループ全体の生産性向上です。広告、ブランディング、CRM、マーケティングなど、多様な領域においてAIを用いた業務の効率化や新規サービスの開発に取り組んでいます。もう一つは、AIの急速な進化に対応するためのエコシステムの形成です。ビッグテックやAIスタートアップと連携し、我々のケイパビリティとAI技術を組み合わせた新たな基盤やソリューションの開発を進めています。

さらに、AIと人間の協業による新しい価値の創出も大きなミッションです。様々な学術機関とも連携しながら、新しいビジョンの構築を目指しています。


人間本来の価値を引き出すAIを目指して

中川:AIと人間の協業について、森さんはどのようにお考えですか?

森:重要なのは、AIによって人間の強みを最大限に引き出すことです。確かにAIは便利ですが、プロのクリエイターやデザイナーが求める新しい発想や切り口を生み出すには、まだ十分とは言えません。

私たちが直面している課題は、クリエイターが積極的に使いたいと思えるAIの開発です。彼ら独自のアイデアやノウハウを取り入れ、さらにそれを増幅させるようなAI。つまり、クリエイターの才能を引き出し、彼らのノウハウを学び、それを活かせるAIが求められているのです。

例えば、名作と呼ばれるようなコピーには、時代背景やクライアントの意図、そして人々の心を動かす要素が凝縮されています。現状のAIでは、こういったコンテクストを踏まえた奥深いコピーを作り出すのは難しく、まだまだ改善の余地があります。

そこで注目しているのが、AIに想像力を持たせる研究です。「世界モデル」という技術がその一つで、私たちの研究所では、これをクリエイティブな仕事に応用できないか検討しています。こうしたAIがクリエイティブの現場で活躍すれば、人間の創造性をさらに引き出せるのではないでしょうか。挑戦的ですが、非常にワクワクするテーマだと考えています。

中川:森さん自身、AIの活用で、仕事の進め方に変化はありましたか?

森:かなり計画的に仕事が進められるようになりました。企画書や報告書は、AIを使って締め切りの随分前に終わらせて、その分、じっくり推敲したり、あるいは、もっといい案はないかとより探求的に考える時間が増えました。おかげさまで、モチベーションの低下を招くようなストレスを感じることが、ほぼなくなりましたね。

中川:AIやテクノロジーを上手く使って、新しいアイデアを考える時間を確保できるのは素晴らしいことですね。

森:そうですね。私個人の実感としては、単に自動化や効率化を図るのではなく、クリエイティビティを高める「攻めの姿勢」でAIを使うことで、仕事の仕方が変わっていくと思ってます。

中川:飯田さんは、対面サービスが重要な郵便局において、AIと人間の役割のバランスをどうとっていこうとお考えでしょうか?

飯田:私たちが目指しているのは、お客さまに「従業員さんの笑顔が増えた」「接客が良くなった」と感じていただくことです。そのために、AIをあくまでも従業員の裏方として活用していきたいと考えています。AIで業務を効率化し、従業員に余裕を生み出すことで、人間本来の価値を引き出したいんです。これが私の考える理想的なAI活用です。


人間の価値は、「具現化」

中川:人間本来の価値とは何だとお考えですか?

森:「具現化」はその一つと言えます。例えば、同じ料理のレシピでも、AIは単なる情報として保持しているのに留まりますが、人間は食材を切るときの触感、かおり、作る楽しさなど、様々な感覚や経験と結び付けた知識を持っています。具現化された知識。これこそが本当の知恵であり、この知恵があるからこそ、体験をデザインすることができます。

真の体験をデザインできるのは、人間なのです。AIと人間が協力しながら、AIの情報を踏まえて生み出したアイデアや企画を、人間ならではの感覚や経験を活かし、生き生きとした体験をうむものとして具現化していく。これが、これからの時代に求められる人間の重要な役割だと思っています。

AI時代に問われる、コンサルタントの真髄

中川:AI時代におけるコンサルタントの役割について、お二人のお考えをお聞かせください.

飯田:AIに関係なく、コンサルタントにとって最も重要なのは、クライアントが求めていることを真に理解しているかどうかです。我々の意図や思いを正確に理解し、その上で、適切なソリューションを提供できるかが問われます。

非常に良くないのは、「中期経営計画を読みました」と言って持ってくるのが、その内容を単に要約しただけの提案です。なぜ私たちがコンサルタントに支援を求めているのか、その本質を理解してほしいのです。

森:基本的な情報はAIを使って事前に準備し、実際の面談では、人と人とが深く向き合うことが重要になってくると思います。AIは優れたアウトプットを出してくれますが、クライアントの思いを理解し、「一緒にやっていこう」という推進力を生み出せるのは人間です。聞く力や質問する力、クライアントと共鳴してやる気を引き出す力が求められるでしょう。

飯田:まさにその通りですね。森さんの話を聞いていて思ったのですが、AIはやる気を示してくれません。コンサルタントは、自らやる気を示し、クライアントのやる気を引き出し、アイデアを具現化していく力が求められるのです。

中川:人間らしい泥臭い努力が重要になってくるということですね。

「本社は何もわかってない」 現場と向き合うことがイノベーションの源泉

中川:ところで、飯田さんは、2021年4月から、日本郵政のグループCDOを務められ、入社3カ月後の7月には、日本郵政グループのDXをリードする子会社「JPデジタル」を立ち上げ、代表取締役CEOに就任されました。当時は、郵便局が基本的に有線LANで、PCの持ち出しは不可、昔ながらの組織文化が根付いていて、「この組織のDXはかなり難しい」とおっしゃっていました。その後、郵便局のDXはどのくらい進んでいますか?

飯田:よくぞ聞いてくれました。実は、2024年11月から、郵便局でも安全にパブリックWi-Fiにつながる無線ネットワークの導入が始まります。窓口の従業員も1人1台の端末を持ち、お客さま先での相談にも対応できるようになります。ようやく世間並みのインフラが整ってきたところで、ここからが本当の正念場だと思っています。

並行して、組織文化の改革も進めています。3カ月に1回、本社の役員たちが全国の現場を訪れ、職員の声を直接聞く取り組みを始めました。これは上意下達が当たり前だった組織において、非常に大きな変化です。先日の現場訪問では、「本社の人間は何も分かっていない」と率直な意見を聞くことができました。

中川:それこそ、AIにはできない仕事ですね!

飯田:素敵なことに、そのあと訪問した現場の従業員の皆さんから手書きのハガキや手紙でメッセージが届くんですよ。お客さまや従業員の皆さんのために一刻も早く何かしなければと、モチベーションに火がつきますね。

森:人と人とが本音で向き合うからこそ、挑戦する気持ちが湧いてくるんですね。お互いに影響し合う「共鳴」の重要性を実感させられます。これこそが、DXを進める上で忘れてはならない人間的な要素だと思います。


Ballistaは、チャレンジし続ける集団であってほしい

中川:最後に、私たちBallistaにメッセージをお願いします!

森:DXの本質は、自らが当事者となってチャレンジすることです。Ballistaも様々なチャレンジをされていると思いますが、それをどんどん進めていくことが何より大事だと思います。

飯田:私から中川さんにお願いしたいのは、個や企業の可能性を引き出す機会や環境を生み出し続けることです。それがBallistaにしかない魅力になり、やがてクライアントへの提供価値に結びついていくはずです。これからも創業の志を貫き、頑張ってください!

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